アムゼルの個人的撮影生活とその結果報告および若干の意見など

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続・上野谷中界隈ぶら歩き

16日午後京都から東京へ帰り、翌17日は台風上陸のためホテルで籠城したため、結局東京で撮影できたのは18日の一日だけでした。

ヨッシー師匠と上野公園で待ち合せました。


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公園のカラスも台風一過涼風ならぬ熱波に襲われ戸惑っている様子(^^♪

今年九月初めから中旬にかけては、東京も京都も暑かった。この時期にともに気温30℃を超えていたのは驚きでした。いささかの凉はあるかと思っていたのでまったくあてが外れたのでした。

この後、東照宮を参観し、芸大そばを通って谷中へぬけ徳川慶喜公の墓地を参拝し、日暮里のカメラ屋さんを冷やかすという一日でした。

詳細を述べるのは何なので撮った写真を並べ必要なキャプションを加えることで「上野谷中界隈ぶら歩き」とさせていただきます。


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<花園稲荷神社>


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<修繕成った東照宮のデテール>


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<東照宮境内の彼岸花>


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<東照宮入口近くのお土産屋さんで食した昔懐かしい「東京風ラーメン」。子供のころはこんなラーメンしかなかった。しかしこのお店のは焼き豚の代わりにハムが半切れ。実に割り切ったものである。御足500円也。味は昔のまま(^^♪>


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<慶喜公とご家族のお墓>


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<谷中の某喫茶店。普通の住まいを改造したものだが冷房の効いた部屋が居心地よく長居をしてしまった。長居の理由はしかしそれだけではなかった🎶>


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<谷中の路上で出くわしたX-T2ユーザー。お互いに写真をとりあったものの写真の交換はせずそのまま別れた。実に急ぎよい出会いと別れであった♪>



どうも話が変な方に流れたままこのエントリーが終わりそうなので、最後にα7Rユーザーでもあるヨッシー師匠から頂戴したお土産を紹介しておきましょう。


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α7専用のハーフケースです。これがあるとグリップがしっかりとするので重宝します。

さらに日よけ用のNikon製ファインダーアダプターも頂戴しました。

ヨッシー師匠、ありがとうございました🎶。







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by amselstillalive | 2017-11-17 18:11 | 日本 | Comments(0)

上野谷中界隈ぶら歩き

「ぶら歩き」という言い方が何時頃から使われるのか定かではない。わたしが離日してもう28年が経つがこの間の出来事なのだろう。

つまり使いつけない言葉なのだが、とりあえずまあいいや、としておきます。

もう二月前になってしまった一時帰国ですが遅ればせながらご報告いたします。

時系列的に逆回しで行います。

つまり今回の上野谷中界隈の散歩は旅行最終日のことなのでありました。

以下これより遡って報告しようと思っています。

light&shadow@Ueno, Tokyo


XF23mmF2を本格的に使用したのは今回の旅行だったのですが、使いやすいな、と感じたのはこんなシーンでした。

高精細でハイコントラストな描写性能が思い切り全開されているのが小気味よいのであります。

また今回はこの23㎜以外にXF35mmF1.4だけを持参しました。

2本とも軽量なので負担が軽くまさに旅行向きで狙い通りです。


light&shadow@Ueno Toshogu, Tokyo


上は35㎜ですが絞っているので広角風の仕上がりになりました。

やはり使い慣れたレンズは使いやすいのであります♪

XF23mmF2は全味協会員でお世話になっているヨッシー師匠のお手を煩わせて入手したのですが楽しい里帰りでもありました。


light&shadow@Ueno, Tokyo 2


かってはAi Nikkor 35㎜ F2.8をFG-20につけっぱなしで20年使い続けて何の疑問も不便も感じなかったわたしですが、今や35㎜相当にはかなりの使い難さを感じています。

高梨豊師の焦点距離=年齢論が身に沁みて納得がゆく35㎜不信感なのであります。

どうも漠然とした画柄になってしまう気がしてちょっと不安なのデス。


DSCF8004ar


端的に云ってわたしには広角すぎる、このことであります。

ちなみに今回初めて投宿したAPAホテルが上の公園の向こうに見えています。

ついでにいえば、ボイコット中のはずなチャイナ・ツーリストが多量に滞在中でありました。

それはともかく35㎜相当のレンズですが使い難いと感じながらもせっかく持参したことゆえ結構使用したのでありました。


<続く>



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by amselstillalive | 2017-11-14 20:07 | 日本 | Comments(0)

ブダペスト市内をぶら歩き

ブダペストで3泊4日だけの短い滞在時間を過ごしたのはもう二月以上前のことになってしまいました。

その後すぐ一時帰国が二週間あり、ブダペストの印象がかなり薄まった感もあります。

そこで日本へ発つ直前にFacebookに記した以下の文と写真を転載します。

"魯迅を高校生の時に読んだのがきっかけで中国文学などというものを志したのでしたが、中でも以下の言葉が子供だったわたしの心に棘となって刺さったのでした。それは、「絶望が虚妄であるのは、まさに希望と同じだ」、というもので、これは散文詩集『野草』の中の『希望』という一篇に引用されたハンガリーの詩人ペテーフィの詩の一節ということでした。このことだけでわたしの記憶の中にペテーフィの名が刻まれたのでした。今回ブダペストの街を歩いていて「Petőfi」という文字を冠した博物館が目に留まりました。なんとこれはまさしくあのペテーフィを記念する文学博物館だったのです。これも何かの縁と思って参観しましたが、わずか25歳でハンガリー独立戦争で行方不明(戦死の確認できず)となってしまった詩人ゆえ展示物は少なくて寂しい感じがしました。"


DSCF7424DSCF7425


わたしの貧弱なハンガリーとブダペストに関する知識では当地においてはこのペテーフィしか思いつきませんでした。
この博物館のある一帯の写真をいくつかランダムに貼っておきます。

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DSCF7384


DSCF7385

DSCF7386


どうもやはりこう見るとどれも旅行写真にしかすぎず情けない思いがします。

それはともかく街の雰囲気は感じていただけるでしょう。

おそらくはウイーンを模したと思われるドイツ・オーストリア風の建築と街並みです。

そして社会主義時代の停滞と退廃が漂っている気配もします。

実はあとで知ったのですが、この博物館のある通りに沿って北に向かうと、あのロバート・キャパの生家があるそうです。




尊敬しはしても好みではない写真家ゆえ下調べもしないまま彼の故郷ブダペストを訪ねたのです。

次回はきっとそのゆかりの場所を訪ねてみようと思います。

一つだけ彼に関する誤解に疑問を呈しておきましょう。

彼の愛用したカメラはライカでしたが、それがM3だったという誤解です。

M3が発表されたのは1954年のフォトキナでした。その頃は4月に開催されていたようです。


B 145 Bild-F001518-0001
1954年フォトキナ

そしてキャパはその年4月は東京を訪れ、そこでライフのヴィエトナム行きのオッファーがありそれを受けそのままヴィエトナムへ赴き、5月25日地雷を踏んで死亡しました。

あるいはマグナムとライカの親しい関係からM3の試作品を使用させてもらっていた可能性もありますが、どなたかこの件につきお詳しいご教示をお待ちします。

しかし彼がヴィエトナムに持参したカメラはコンタックスIIとニコンSの二台と知られています。

横木安良夫氏のブログから引用します。

Capa



なにやら分裂気味のエントリーになりました。少ない読者の皆さまのご寛恕を♪



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by amselstillalive | 2017-11-08 20:16 | ブダペスト | Comments(2)

【一時帰国篇】建仁寺をX-T2で

年末年始があって、一時帰国の感慨がすっかりどっかへいってしまった(苦笑)

で、いまさらながら記憶をすこし温めてみる。

京都祇園は花見小路を南に突き当たるとそこが建仁寺である。

もと鎌倉建長寺館長でおられた湊素堂老師が建仁寺にお移りになったのは昭和55年だった。


moss@Kennin-ji, Kyoto



老師は十年前に94歳で遷化された。

特に親しくお目にかかったことはないが、家が檀家になっている寺の本山が建長寺であるため、

当時は毎年老師のお書きになった書と禅画のカレンダーを頂戴していた。

ただそれだけの縁なのだが、なにやらありがたきご恩を感じている。


water bowl@Kennin-ji, Kyoto


しかし老師が京都へ移られて以来はそのカレンダーも入手できなくなった。

またわたし自身も祖国を離れて暮らすようになったため老師の謦咳(の噂)に接することもなくなったのである。

それからほぼ30年が過ぎ、老師遷化から10年にしてやっと建仁寺を訪れることができた。

建仁寺といえば今やその法堂の天井に最近描かれた双竜図が有名になってしまったが、

わたしにとっては素堂老師のお姿を追うトポスである。


roots@Kennin-ji, Kyoto


晩秋の京都はライン低地地方に比して随分と暖かく、

紅葉の名残が過ぎ去った華やかさと

すでにおられぬお方の面影を偲ぶにふさわしい侘しい光が庫裏の中庭に満ちていた。


Autumn at the trace2@Kennin-ji, Kyoto


そのころ幼きわたしの禅への関心をかきたててくださった老師との

一期一会がその光だったのだろうか?

合掌

















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by amselstillalive | 2017-01-12 21:44 | 日本 | Comments(2)

【一時帰国篇】人物をX-T2で

前回のエントリーのなかの人物撮影について、ルリビタキ師匠からご注意をいただいた。

ご指摘のようなトラブルには遭遇したことはないがそのリスクはたしかに存在するだろう。

ゆえにドイツ当地ではほとんど人物を真正面から撮影することはない。


Chinese people learning how to use water ablution(手水)@Fushimi Inari, Kyoto


伏見稲荷の手水場で水の扱い方を学習するシナ人諸君を撮影した。

こうした些細な事でも重要な件で努力をするツーリストは好ましい♪

左側の男がこっちの方を指さしているのがあとで分かったが、何か文句があったのだろうか?

その場では何もクレームのようなものはなかったが・・・・

以下もシナ人らしきカップルが和服を着て白川あたりをお散歩らしい

Chinese people wearing Japanese Kimono@Gion, Kyoto


これは日本らしい街並みを撮っていたところへ彼女らがフレームインしてきたから

こっちに非はない、と断言しておこう♪

以前よりはぐっと増殖中の和服を着たツーリストだが、聞こえてくる言葉はほぼすべてがシナ語である。

といっても台湾国語も混じっている。

台湾人が和服を着たいという気持ちは素直に受け止めたいが

大陸人となるとその反日との論理的整合性はどうなのか、と疑問に思うが、

よいほうに考えると親日が本音なのだし、悪い方に考えるとこうして背乗り工作の準備、ということだろうか?

さて、それはともかく

The proprietress of Gion-Kirara, Kyoto


上は花見小路にある「祇をん・きらら」というお店の女将である。

ご本人にインターネットで拡散しますがよろしいですか、と確認したところ

どんどんしてほしい、ということなのでFlickrに続いてこちらにも掲載する。

その「きらら」でいただいた「彩御膳」である。


Irodori-Gozen(彩御膳)@Gion-Kirara, Kyoto


おばんざいと天ぷら、炊き込みご飯と汁でなんと1800円というリーズナブルなお値段

お味も京らしいはんなりとして素材の味が際立つ美味しさだった。

京におでかけの節は是非ともお寄りになってみてはいかが?


お店の紹介ついでに以下も

京都東山二年坂、港屋 丹波黒 二年坂店の看板娘が売る「あげもち」が美味だった件

「あげもち」四個で200円也

Smile for you, Mitato-Ya shop at Ninenzaka Kyoto


笑顔が可愛い看板娘

彼女からもしっかりご承認はいただきました♪

こんな笑顔が撮れるとは大収穫ではあった。






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by amselstillalive | 2016-12-28 05:51 | 日本 | Comments(12)

【一時帰国篇】清水寺近辺をX-T2で

亡き父の七回忌の法要のため一時帰国した。

もっていったのはX-T2にレンズはXF35㎜F1.4Rの一本のみ。

実に潔い選択であると自画自賛するのであります♪

今回も時間の都合で京都は一日のみ、またもや大阪在住の幼なじみS君のお世話になりました。

大阪のホテルから一時間で清水寺に到着。

大阪と京都は近いなあ♪

Autumn at the trace3@Kiyomizu, Kyoto


紅葉がなごる初冬というには暖かい日だった。

約50㎜相当の標準レンズゆえ制約はあるものの割り切って使えば何も問題はない。

X-T2のストレスレスな操作性で気持ちよく撮影できた。

Autumn at the trace2@Kiyomizu, Kyoto


ライン低地地方よりも約10℃は高い気温ゆえやや汗ばんでくるほどである。

こんな紅葉はドイツにはないが、あっても一月前の風情である。

今年だけがこうなのか旅行者には知りようもないが

ただ目前に展開する光景を無心に撮るばかりだ。

紅葉はやはり透過光で写すのが善哉♪

Autumn at the trace@Kiyomizu, Kyoto


風景なら絞りたいところではあるが、ひたすらF1.4開放で撮る。

狙いどおりに立体感・空気感がでて嬉しい♪

RAW現像はせずJPEGで撮ったものに若干の手を加えた。

フィルムシュミレーションは、クラシッククロームである。

渋い発色が京都の晩秋あるいは初冬の光景に実に相応しい。

最後にACROSで撮ったものを以下に
Ninenzaka(二年坂) Kyoto


二年坂を下る愚息を撮ろうとしたのだが

悲しそうな目をした女子が目に入ったので急遽そちらへフォーカスした。

外人らしい男に騙されているのだろうか?

早く現実に目覚めよ、と余計なことを思う凹凸

スナップショット用としてもよく使えるX-T2なのであります♪







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by amselstillalive | 2016-12-21 21:02 | 日本 | Comments(6)

アムステルダム、夏の黄昏

夏の黄昏といっても欧州北部のそれが始まるのはまあ10時頃だろうか

しかもかなりロンドンに寄った位置にあるアムステルダムは

ベルリン時間よりおよそ1時間は遅い。

summer evening in Amsterdam


夏の時間はゆっくり進み、午後6時といっても暮れるには早すぎる。

しかしすでに仕事をひけた人々なのか運河に船を出して遊んでいる光景が多く目に入る。

これは運河が四通八達した都会ならではの生活である。

冬時間であればまだ5時なのでまだまだ陽は高く

仰角45度ほどの天空にあり地を照らす。

しかし8時ともなるとそれもぐっと傾き

夕方らしく空が赤らんできた。


summer evening in Amsterdam 2


建物の陰はそろそろ暗さが勝っても来るのである。

このころからヨタカたちも三々五々盛り場にいできたる。

こっちはもうそんな人生の時はとっくにやりすぎてしまったことゆえ

こころがざわつくこともない。

ただ時がゆっくりと移ってゆくのを呆然と眺めるのである。

そんな者にとって市中心部を流れるアムステル川のほとりがいちばん似合うようだ。

エルミタージュ博物館アムステルダム別館に夕日が照って美しい。


summer evening in Amsterdam 3


この後景を眺めていたこちら岸を

あっちへ移って振り返るよう眺めれば

こんな光景なのであった。
summer evening in Amsterdam 4


夏にしては早めの夕食もすでにとってしまったので

後はお好みのカッフェーに陣取って

黄昏が宵闇に移り変わってゆく様を

見つめて時をやり過ごすばかりだ。

人生のうちにこんなひと時をもつことこそが

さて結局は生きる醍醐味ではないか

と齢を重ねるままに考えるようになってきた。

わたしの人生の黄昏もようよう近い。







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by amselstillalive | 2016-11-12 07:49 | Amsterdam | Comments(2)

Sigma製作の短編映画『blur』について

昨日たまたまSigma製作の短編映画『blur』にめぐりあって激しく感動した。

そこでFacebookでシェアしたが、たったおひとりだけが「いいね」をしてくれただけだった。

わたしの感覚はよほど皆さんとは乖離しているようだ。

シェアにさいして以下のようなコメントを書き加えた。

写真撮影の意味の根源に迫る傑作!
たった15分の短編だが、父と子・家族、生と死をめぐるものとしては
小津の『東京物語』にゆうに匹敵する大作であろう♪
自身が冴えない写真好きの父親としては泣けて仕方がなかった凹凸
Sigma,GJ!!


というのだが、このコメントが余計だったのかもしれない凹凸

その短編をご覧いただきたい。



いかがだろうか?

タグづけするなら

#写真撮影の意味

#『東京物語』

となろう。

さらにいくつかの理屈を並べたてる必要もなかろう。

これがご理解いただけたのであればあなたはわたしのパートナーであります♪



さて、これだけではなんなので自作を一枚貼っておきます。

at the café 't Hooischip, Amsterdam

アムステルダムの

café 't Hooischip

という名のカフェバーで撮影した。

この日は例の日帰りアムステルダム行の終盤で

けっこう歩き疲れてそろそろ中央駅へ行こうと

ここを通りかかったら別行動中の家内に呼び止められ

この日最後のビールを味わった

その幸福感に満ちたひとときに撮った数枚のうちの一枚だった。

冴えない写真好きの記録である。






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by amselstillalive | 2016-11-10 18:20 | 写真撮影 | Comments(9)

アムステルダム、自転車、モノクローム、ボケ、光蜥蜴

わたしの最も好きなモチーフは

自転車、ボケ、光蜥蜴

をベストスリーとするが、

これがアムステルダムにおいては百花繚乱なのである。

更新の遅い幣ブログゆえ多くのイメージが未載録になった。

ここでこれらを一気に掲載することにします♪

Bike at canal in Amsterdam 37


Bike at canal in Amsterdam 38

Bike at canal in Amsterdam 39

Bike at canal in Amsterdam 42


Bike at canal in Amsterdam 43

Bike at canal in Amsterdam 44

sunset light on Amsterdam

Bike at canal in Amsterdam 46

Bike at canal in Amsterdam 47


Bike at canal in Amsterdam 48


Bike at canal in Amsterdam 49


autumn light on Amsterdam 6


Bike at canal in Amsterdam 50


Bike at canal in Amsterdam 52


ほとんど中毒症状が見られる

或は、淫するほどの情熱ぶりが見ていて恥ずかしいが

これがわたし自身の意識状態あるいは「まなざし」の在処なのだ♪

まだまだ在庫はあるのだが

本日はこれにて

残りはまたあとでね♪







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by amselstillalive | 2016-11-02 19:13 | Amsterdam | Comments(6)

バルバロッサ直属の中世都市

フランクフルトから東へ向かうアウトバーンA66号線で約一時間、


縁あってちょっとこの街に立ち寄った。

あたりは低い山並みが続く土地で、街はその山に沿って比較的長く造られている。


at Gelnhausen, Germany


ドイツの木組み建築「Fachwerkhaus」はわが国の旅行者に好まれているが、

この街はそれをよく保存しているのでわりと有名なのだ。


OLEG1357


神聖ローマ帝国はローマを名乗ってはいるがドイツ帝国なのはご存知だろう。

詳しい説明は省くが、その帝国は皇帝が統治したが中には「帝国自由都市」と呼ばれた皇帝直属の都市があった。

皇帝の中ではフリードリッヒ一世は「バルバロッサ=Barbarossa=赤髭」として知られている。

ゲルンハウゼンは、その赤髭の帝国都市だった。

帝国都市というと威風堂々としているが其の実人口2万人ほどの街に過ぎない。

OLEG1366


中央広場もわりと高台にある。

普段は日を決めて市場が立つのだろうが訪れたその日は広場は駐車場になっていた。

OLEG1369


広場に面して市庁舎と↑

教会がある↓ のは定石どおりである。


OLEG1368


このイタリア風のザンクト・ペーター教会はカソリックで、宗教改革後は廃され工場に転用されていたが後に復活したそうだ。

エヴァンゲーリッシュ(福音)派の教会は中心を少し離れた東側にあり、これよりずっと立派である。

バルバロッサはイタリア統治に意欲を燃やし、息子のハインリッヒ六世はシチリア王になってずっとイタリアにいついたため


at Gelnhausen, Germany



その息子でバルバロッサの孫になるフリードリッヒ2世はシチリアに生まれ生涯南イタリアで反皇帝派との戦争にあけくれた。

それでも南イタリアではフェデリコの愛称で親しまれている。

アラブ語を含む数か国語を話す学問と芸術を好む開明君主であったからだ。

以上は余談だがバルバロッサというイタリア語の渾名をもつ皇帝らしくこの街にもイタリアの風が吹き込んでいるようだ。


at Gelnhausen, Germany


この坂を下って少しいった郊外にバルバロッサの宮殿跡がある。

車で通りすぎただけだったので写真はない。

たった半日だけの訪問だったがよい印象を残した街だった。

たぶんもう立ち寄ることもないこの街と市民に

幸多かれと祈る。








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by amselstillalive | 2016-10-27 21:34 | ドイツ | Comments(2)