アムゼルの個人的撮影生活とその結果報告および若干の意見など

オランダ王室の故郷を訪ねて

家内の実家への帰郷はオートバーンA3号線を使用するのだが

途中、「Schloss Oranienstein」の観光案内板がいつも気になっていた。

というのも、それはオランダ王室であるオラニエ=ナッサウ家の故城のひとつだからだ。

そうである、知っている人はとっくに知っていようがオランダ王室はドイツ出身なのである。

そこで時間のあった今回の帰郷の帰路より道してみたのである。

しかし当日は休館であった凹凸。

そこはドイツ連邦軍の駐屯地でありお城はその中にあるのだった。

そこでお膝元の街であるDiezで昼食を摂ることにした。

Diez, Germany


なにやらありふれたドイツの街、という風情だが

街の立地がやや特別で

背後に小高い丘を擁し

その上に要塞が如き建物が見える

Diez, Germany


当然そこへ至らざる可からず。

しかしその前に腹ごしらえだ。

貧弱にみえる広場に一件だけレストランのようなものが

看板には「Small Prag」の文字が・・・

「小さなプラハ」とはチェッコ料理の店か?珍しいものだ

中はこじんまりとしてまだ見ぬプラハのビストロを思わせる風情

Radeberger Pils


ピルゼン・ビールはなかったが、ドイツではそれに最も近い味をもつといわれる「Radeberger Pils」を注文する。

コクのある味わいのピルツである♪

料理はグラッシュをたのんだ。

本場はハンガリーだが、まあドイツよりチェコのほうが近いので期待する。

OLEG2258


クヌーデルがまるでシナのマントウ(蒸しパン=饅頭と書くが餡なし)によく似た風味である。

牛肉はよく煮こんであり筋の部分がとろりと舌に融けるのが嬉しい♪

味付けはハンガリー風のパプリカ味ではないが、しかし美味であった。

オランダ王室の故郷を訪ねたのに東欧にであってしまったわけだ。

さて、カロリー補給ができたので丘にのぼる。

それはGrafenschloss Diezといって中世期に建てられたものらしい。

Grafとは伯爵であるから貴族のお城というわけだが、実はもっと古く790年にはフランク王国軍の駐屯地だったいう。

このあたり一帯はプファルツとヘッセンの境界でありライン川にも近い軍事的要衝ということなのだろう。

それで現在でもドイツ連邦軍の駐屯地があるのも歴史的背景と理由があるのだった。

OLEG2266


城はユースホステルやら博物館やらになっているが、この塔の上は結婚式場になっていた。

塔の麓からは市内が一望できる。

城のすぐ下はライン川の支流であるLahn川である。

OLEG2270


秋の装いが美しい。

やはりドイツは田舎が善哉、なのである♪

お城の上にはビストロもあったが

営業は夕方からということで人の姿はなく

晩秋の弱い日差しが影を作っているだけだった。

solitude


おそらく夏場のシーズンはオランダの臣民たちが王室の故郷を訪ねてこの地にやってくるものと思われるが

今はただ名曲「荒城の月」が相応しいかと思われる

枯れた季節の風が吹き抜ける古城の秋であった。






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# by amselstillalive | 2016-11-06 22:42 | ドイツ | Comments(4)

アムステルダム、自転車、モノクローム、ボケ、光蜥蜴

わたしの最も好きなモチーフは

自転車、ボケ、光蜥蜴

をベストスリーとするが、

これがアムステルダムにおいては百花繚乱なのである。

更新の遅い幣ブログゆえ多くのイメージが未載録になった。

ここでこれらを一気に掲載することにします♪

Bike at canal in Amsterdam 37


Bike at canal in Amsterdam 38

Bike at canal in Amsterdam 39

Bike at canal in Amsterdam 42


Bike at canal in Amsterdam 43

Bike at canal in Amsterdam 44

sunset light on Amsterdam

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Bike at canal in Amsterdam 47


Bike at canal in Amsterdam 48


Bike at canal in Amsterdam 49


autumn light on Amsterdam 6


Bike at canal in Amsterdam 50


Bike at canal in Amsterdam 52


ほとんど中毒症状が見られる

或は、淫するほどの情熱ぶりが見ていて恥ずかしいが

これがわたし自身の意識状態あるいは「まなざし」の在処なのだ♪

まだまだ在庫はあるのだが

本日はこれにて

残りはまたあとでね♪







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# by amselstillalive | 2016-11-02 19:13 | Amsterdam | Comments(6)

バルバロッサ直属の中世都市

フランクフルトから東へ向かうアウトバーンA66号線で約一時間、


縁あってちょっとこの街に立ち寄った。

あたりは低い山並みが続く土地で、街はその山に沿って比較的長く造られている。


at Gelnhausen, Germany


ドイツの木組み建築「Fachwerkhaus」はわが国の旅行者に好まれているが、

この街はそれをよく保存しているのでわりと有名なのだ。


OLEG1357


神聖ローマ帝国はローマを名乗ってはいるがドイツ帝国なのはご存知だろう。

詳しい説明は省くが、その帝国は皇帝が統治したが中には「帝国自由都市」と呼ばれた皇帝直属の都市があった。

皇帝の中ではフリードリッヒ一世は「バルバロッサ=Barbarossa=赤髭」として知られている。

ゲルンハウゼンは、その赤髭の帝国都市だった。

帝国都市というと威風堂々としているが其の実人口2万人ほどの街に過ぎない。

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中央広場もわりと高台にある。

普段は日を決めて市場が立つのだろうが訪れたその日は広場は駐車場になっていた。

OLEG1369


広場に面して市庁舎と↑

教会がある↓ のは定石どおりである。


OLEG1368


このイタリア風のザンクト・ペーター教会はカソリックで、宗教改革後は廃され工場に転用されていたが後に復活したそうだ。

エヴァンゲーリッシュ(福音)派の教会は中心を少し離れた東側にあり、これよりずっと立派である。

バルバロッサはイタリア統治に意欲を燃やし、息子のハインリッヒ六世はシチリア王になってずっとイタリアにいついたため


at Gelnhausen, Germany



その息子でバルバロッサの孫になるフリードリッヒ2世はシチリアに生まれ生涯南イタリアで反皇帝派との戦争にあけくれた。

それでも南イタリアではフェデリコの愛称で親しまれている。

アラブ語を含む数か国語を話す学問と芸術を好む開明君主であったからだ。

以上は余談だがバルバロッサというイタリア語の渾名をもつ皇帝らしくこの街にもイタリアの風が吹き込んでいるようだ。


at Gelnhausen, Germany


この坂を下って少しいった郊外にバルバロッサの宮殿跡がある。

車で通りすぎただけだったので写真はない。

たった半日だけの訪問だったがよい印象を残した街だった。

たぶんもう立ち寄ることもないこの街と市民に

幸多かれと祈る。








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# by amselstillalive | 2016-10-27 21:34 | ドイツ | Comments(2)

アムステルダムの回億と来年の展望

前回のアムステルダム日帰り行からすでに一月が経ってしまった。

また前回のブログ更新から一旬過ぎた。

わたしはいったい何をしているのだろう(苦笑)

autumn light on Amsterdam 5


一月前は20℃もしていた気温も今や10℃に達する日は少ない。

暖房もとっくに入れている。

今日は霜が降りて黄葉や紅葉も一気に進んだ感じがする。

いわゆる「黄金の十月」らしくなってきた。

Bike at canal in Amsterdam 50


その十月もあと一週間だ。

その先には例年どおりであればもう冬だ。

というのも十月の最終終末に夏時間が終了し冬時間にもどるからだ。

これからは夏の思い出で気持ちを温める日々が待っている。

autumn light 10


そのための仕入れは今年についていえばもっぱらアムステルダムで行った、という結果になったようだ。

あとは3月末のヴァレンシアがある。

とするとかなり燃料は準備補給されたのである♪

また今年はD610の出番がどんどん減ったのは

X-T10さらにはX-E1のパフォーマンスが想像以上によかったからだ。

autumn light on Amsterdam 8


ボケ具合ではやはり35㎜フルフレームに及ばぬが

目に心地よいフジフィルム・センサーのトーンの出方には大いに惚れ込んでしまった。

この機材と好きなトポスで気ままに撮影ができたことに

家族とそして何者か偉大なる存在に感謝をささげたい。


autumn light on Amsterdam 8(Walter Süskindbrug)


来年もまた斯くの如き収穫の多い一年であれかし

と、まだ早いが(苦笑)願う。

すっかりお世話になったフジフィルムの機材については

来年はさらに一歩の進展があるものと考えている。

つまり、あれかこれかの選択に迷ってはいるが

ハイエンドの導入があればいいな、と思っています♪






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# by amselstillalive | 2016-10-24 02:59 | Amsterdam | Comments(6)

Amorbachのバロック

Amorbachは不覚にもまったく知らなかった街である。

ヘッセンからシュワーベンへと抜ける途中に昼食をとるために立ち寄っただけだった。

しかしここに華麗なるバロックがあったのだ。

baroque church of Amorbach abbey, Germany


南ドイツはバロック教会が散在するバロック好きにはたまらない土地柄だ。

とくにバイエルンはドイツバロックの宝庫である。

すでにふれたと思うが、わたしの新婚旅行は南ドイツのバロック教会巡りだった。

もう30年前のことになる。

baroque church of Amorbach abbey, Germany


その際もこのAmorbachの近くをかすめ通っていたのにまったく候補地に入らなかった。

わたしも家内も無知だったのである。

Amorbachはオーデンの森にあるが、行政区分ではなんとバイエルン州に属する。

西北部の端っこである。


とWIKIにある。


baroque church of Amorbach abbey, Germany


これまでいくつものドイツ・バロック教会を参観してきたが

このベネディクト会修道院(アモールバッハ修道院)に属する教会のバロック装飾は上の部類に入るだろう。

まず彫刻が繊細で形が端正である。

また天井画のレヴェルも高い。

baroque church of Amorbach abbey, Germany


彫像と建物壁および天井の地の白

大理石(風)の薄い臙脂

黄金の装飾

この三色を基本に混ざり合った色彩のバランスの妙

baroque church of Amorbach abbey, Germany


わが国人の多くがゴテゴテした装飾が嫌いもっとスッキリあっさりしたものが善哉

と忌み嫌う向きも多いバロックだが

もっと虚心坦懐に観てもらいたいものだ。

カソリック信徒の想像し乞い願う天国とはいかなるものか?

また、幼児の姿をした天使たちに

衛生医療が不足していた時代に救うことができず儚くも病死させてしまった子供たちを

哀惜する人々の嘆きとその冥福を祈る切ない愛情が見えないか?

baroque church of Amorbach abbey, Germany


またバロックを生み出した時代と文化背景に思いをいたそう。

ルネッサンスで花開いたグレコローマンの古代文化に寄り添う人間の肉体賛歌

と同時に開始された中世教会支配に対する庶民の抵抗

新教徒とわが国では呼ばれるが新約聖書(福音書)に拠って教会権力に立ち向かった福音派と

それに対抗するカソリック側の反撃による内戦

斯くの如き乱世のあとに人々が美しいものを求めて形成されたのがバロックである

baroque church of Amorbach abbey, Germany


バロックはイタリアから発し首都ローマもバロック化し、今見られる永遠の都はバロック都市である。

そのイタリアから南風が吹き込んだ南ドイツでは、ドイツが元来持つ調和と秩序を保ちつつ

バロック独特の「崩れ」を導入した結果

イタリアとドイツとの美しき融合の結晶が残されることになった。

その中の優れたもののひとつがここAmorbachにあった。

ドイツは広くバロックの美も深い。







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# by amselstillalive | 2016-10-14 17:30 | ドイツ | Comments(8)