【一時帰国篇】建仁寺をX-T2で
年末年始があって、一時帰国の感慨がすっかりどっかへいってしまった(苦笑)
で、いまさらながら記憶をすこし温めてみる。
京都祇園は花見小路を南に突き当たるとそこが建仁寺である。
もと鎌倉建長寺館長でおられた湊素堂老師が建仁寺にお移りになったのは昭和55年だった。
老師は十年前に94歳で遷化された。
特に親しくお目にかかったことはないが、家が檀家になっている寺の本山が建長寺であるため、
当時は毎年老師のお書きになった書と禅画のカレンダーを頂戴していた。
ただそれだけの縁なのだが、なにやらありがたきご恩を感じている。
しかし老師が京都へ移られて以来はそのカレンダーも入手できなくなった。
またわたし自身も祖国を離れて暮らすようになったため老師の謦咳(の噂)に接することもなくなったのである。
それからほぼ30年が過ぎ、老師遷化から10年にしてやっと建仁寺を訪れることができた。
建仁寺といえば今やその法堂の天井に最近描かれた双竜図が有名になってしまったが、
わたしにとっては素堂老師のお姿を追うトポスである。
晩秋の京都はライン低地地方に比して随分と暖かく、
紅葉の名残が過ぎ去った華やかさと
すでにおられぬお方の面影を偲ぶにふさわしい侘しい光が庫裏の中庭に満ちていた。
そのころ幼きわたしの禅への関心をかきたててくださった老師との
一期一会がその光だったのだろうか?
合掌
by amselstillalive
| 2017-01-12 21:44
| 日本
|
Comments(2)
建仁寺もご訪問されてらっしゃいましたか。
なるほど、そういうお繋がりがあったのですね。
私も二度ほど訪れたことがございます。もう20年ほど前になりますが^^;
当時は、祇園のど真ん中にデッカイ寺だな~と思っておりました^^;
質素ながら、整然としたお庭が印象的でした。
あの双竜も眺めましたが、若造にはよく分かりませんでした^^;
なるほど、そういうお繋がりがあったのですね。
私も二度ほど訪れたことがございます。もう20年ほど前になりますが^^;
当時は、祇園のど真ん中にデッカイ寺だな~と思っておりました^^;
質素ながら、整然としたお庭が印象的でした。
あの双竜も眺めましたが、若造にはよく分かりませんでした^^;
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amselstillalive at 2017-01-15 23:14
Jodan師匠、
幼なじみの友が建長寺で3年修業し田舎の寺の住職になりました。彼から素堂老師のことはよく聞かされました。その彼もそろそろ引退の時期になります。光陰似箭、少年老い易く学成り難し。こっちも馬齢を重ねるばかりで何も進歩がなく忸怩たる思いを抱いて生きてゆくばかりなのであります凹凸
幼なじみの友が建長寺で3年修業し田舎の寺の住職になりました。彼から素堂老師のことはよく聞かされました。その彼もそろそろ引退の時期になります。光陰似箭、少年老い易く学成り難し。こっちも馬齢を重ねるばかりで何も進歩がなく忸怩たる思いを抱いて生きてゆくばかりなのであります凹凸